最高裁判所第二小法廷 昭和60年(オ)1023号 判決 1988年3月25日
選定当事者
上告人
日新火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
藤澤達郎
(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)
右訴訟代理人弁護士
溝呂木商太郎
宮原守男
倉科直文
岡田一三
北新居良雄
大西清
被上告人
日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長
杉浦喬也
右訴訟代理人
小林康孝
鈴木幸伸
市川富美夫
伊藤文孝
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人溝呂木商太郎、同宮原守男、同倉科直文、同岡田一三、同北新居良雄、同大西清の上告理由第一点について
鉄道営業法一一条ノ二第二項及び鉄道運輸規程七三条二号は、商法五七八条の特則であると解すべきであるから、荷送人が運送人に対し高価品の運送を委託するに当たり、その種類及び価額を明告した場合であっても、要償額を表示し、かつ、表示料を支払っていなければ、運送人は、荷送人に対し、鉄道運輸規程七三条二号所定の金額を超えて損害賠償責任を負わないものというべきである。そして、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人が鉄道営業法及び鉄道運輸規程の定める右の損害賠償責任の制限を主張することは信義則に反しないものというべきである。以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、右の見解と異なる見解又は原審の認定しない事実に基づいて、原判決を論難するものであって、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭 裁判官香川保一裁判官奥野久之)
別紙選定者目録<省略>
上告代理人溝呂木商太郎、同宮原守男、同倉科直文、同岡田一三、同北新居良雄、同大西清の上告理由
第一点(原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法律の解釈適用を誤った違法がある)
原判決は、本件事故に鉄道営業法第一一条の二第二項を適用して上告人の請求を棄却したが、本件に右法条を適用することは左のとおり法律の解釈適用を誤った違法がある。
(一)、原判決は、要償額の表示がなされたときは、小荷物切符の「記事」欄に「要償額何円」と、料金欄に表示料として「要」料「何円」と記載することになっていると説示しているが、本件小荷物に関して作成された小荷物切符には抽象的に記事欄及び料金欄が記載されているだけであり(ちなみに現金書留郵便物書留票には具体的に要償額に関する事項及び要償額表示欄がある)、要償額及び要償額表示料という項目の記載は全く存在せず、一般の荷送人からは、要償額表示制度の存在自体了解しえないのである。
すなわち、本件小荷物切符には実質的には、要償額表示に関する事項及び要償額の表示欄は存在しないのであり、これを看過した原判決の判断は、右の点から見ても不当であり、その理由に齟齬があるか、理由不備の違法あるものとして破棄されるべきである。
また原判決は昭和五五年四月二〇日運賃を改訂したときに一般に配布された宣伝用の「手荷物・小荷物運賃表」には要償額表示料のことが明記されていると説示しているが、右「手荷物・小荷物運賃表」には、改定後の要償額の料金についてのみ記載されているのであり、要償額制度の説明や損害賠償を受けうる要件すなわち表示料を支払っていなければたとえ高価品の明告をして、割増金を支払っていても、明告価格の損害賠償は受けられないという具体的説明は何らなされていないのである。
更に、本件において訴外北洋相互銀行は被上告人に対し、本件小荷物は銀行券金五、〇〇〇万円である旨明告し、かつ割増金を支払って運送を委託したものであり、商法五七八条の高価品の価格の明告をしているのである。すなわち被上告人は本件小荷物の中味について充分認識していたのである。
以上の事情に照らして本件を考えると、形式的に要償額の表示をしていなかったことのみを理由に鉄道営業法第一一条の二第二項を適用して損害賠償額の制限を認めるのは、鉄道運送の細則を了知していない一般の荷送人にとってあまりにも信義則に反する結果を招来するものであり、原判決の判断は違法である。
(二)、商法第五七八条は、運送人にその責任が生じうる損害賠償の最高限度額を了知させ、特別な注意をもって運送にあたるべき義務を課し、運送人に、不則の損害を被らせない趣旨で規定されたものである。
一方、鉄道営業法一一条の要償額表示制度も同様に損害賠償額の最高限度額を了知させ、特別の注意をもって運送にあたるべき義務を課したものである。
ひっきょう、両制度は共に運送人に対し、損害賠償の最高限度額を了知させ、特別な注意をもって運送にあたるべき義務を課し、他方、一般荷物の料金とは別に名称はともあれ特別料金を徴する機会を与えて、荷送人と運送人との利益の調和をはかっている制度である。
然るに原判決は、「商法五七八条は損害賠償責任の発生障害規定ないし免責規定であり、鉄道営業法一一条の二第二項は、高価品の明告がなされ、免責規定たる商法五七八条が適用されない場合に、はじめて適用の可能性が出てくる鉄道の賠償制限規定であって、荷送人による高価品の明告がない場合には、およそ適用の余地なき条項である」と判断して、右上告人の主張を排斥した。
然しながら右原判決の解釈によれば、鉄道運送においては貴重品である旨の明告及び、それに見合った割増運賃の徴収制度はどのような意味をもち、その根拠はどこにあることになるのか、説明に窮する。
更に、原判決は「大量の品物を低廉な料金で運送すべき鉄道の立場を考慮し」て規定したと判示しているが、鉄道運送だけが荷物運送の手段であった時代はともかく、交通手段が発達した現状においては、大量の物品を運送するのは鉄道に限らず、船舶運送や自動車運送あるいは航空機運送においても為されており、特に鉄道運送だけを保護する合理的理由とはなりえない。
加えて、原判決は「鉄道運輸規程五〇条二項は要償額の表示と高価品の明告とを区別し、同規程五七条は要償額表示金額と運賃及び料金とを区別しているから、要償額表示料と割増運賃とが別物であることは明らかである」と説示している。
然しながら、法律専門家でない一般荷送人にとって右規定の細則の存在を知っているものは皆無といってよく、割増運賃である以上賠償費用が含まれていると理解するのが通常である。
また「要償額表示料を申告するか否かは荷送人の自由である」との説示は、荷送人が要償額制度を了知していることを前提とする立論であり、上告人を含めて本件事故発生迄一般荷送人は該制度の存在さえ知らなかったのであり、一方、被上告人は右制度を熟知しているのである。
原判決は「訴外北洋相互銀行は本件詐取事件の後も殆ど連日のように被上告人に対して要償額表示制度を利用せず銀行券の運送を委託している」と認定し「訴外北洋相互銀行は本件銀行券運送委託に際しても要償額表示制度の存在を知りながらこれを利用しなかったことが窺われる」と説示しているが、現在においては委託駅及び委託件数も大幅に減少しており、殆ど他の輸送機関に委託しているのが実状であり、右説示はあまりにも大胆な推測である。
従って原判決の右判断は、叙上の諸点からみても重大なる事実誤認及び法律の解釈適用を誤った違法あるものというべく、到底破棄は免れない。
第二点<省略>